子供の最貧国・日本 山野良一著

Twitter田中秀臣先生@hidetomitanakaのつぶやきで同書の書評(日経ビジネスオンラインへの投稿記事:http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20081128/178627/)を拝見し、読む機会を得た。
著者の山野良一さんは、児童福祉司に従事され国内だけでなく、アメリカでインターンの経験も豊富な方である。その現場を通じ見えてきた子供の貧困、児童虐待の実態を国内外の事例を取り上げ、その原因、検証を貧困等にかかわる様々な調査、研究から得られたデータをもとに明らかにしていこうとうする試みが同書の肝になるところである。
著者によれば、日本の子供の貧困率OECD等のデータから2000年時点で26ヵ国中10番目の高さ(14.3%)だという事実があるにも関わらず、日本ではこれを社会問題としてほんとど取り上げることもなく、調査・研究も進んでおらず、子供の貧困を日本全体がネグレクトしてきたと指摘されている。
ちなみに、直近の子どもの貧困率についてググって見ると、朝日新聞デジタル2012年6月10日付け「子どもの貧困率、日本ワースト9位 先進35カ国中で」
http://www.asahi.com/edu/kosodate/news/TKY201206090128.html 
ユニセフの調査データでは日本は2009年時点の所得を基にしているが、年々悪化の傾向にあることが明らかになっています。
(同じくググった結果から、NHKのサイトに【視点・論点 「子どもの貧困 日本の現状」】
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/122784.html
という解説記事があり、同書にも同じ内容が指摘されています。)
また、子供の貧困と同時に社会問題として取り上げられる児童虐待について、これまでその原因を親も子供の頃虐待を受けていた経験から、同じことを自分の子供にもしてしまう世代間虐待やアルコール依存症等などに見られる衝動性をコントロールできず虐待を繰り返す病理的側面とすることが主流であったが、著者の主張は貧困との関連性が強いことを様々なデータをもとに指摘されている。
そして、その子供の貧困、児童虐待の実態から見えてくるものは、なんとか生活していこうと必死になって働く親の姿であり、その苦労とは裏腹に一向に生活は楽にならず、著者の表現を借りれば、「漏斗の底にいる家族たち」というようになかなか這い上がることができず、漏斗の底でもがき苦しんでいる実態であり、その解決策の糸口となるのが、「家族の所得」との相関である。
様々な研究データから、「家族の所得」が向上することで児童虐待が減少することや子供の学力などへの影響に強い相関があるとし、よく原因として指摘される家庭環境や親の学歴などの要因をコントロール(考慮)しても「家族の所得」と子供の貧困、児童虐待との間には強い相関が残っているという主張が同書の一番のポイントである。
この問題は詰まるところ、所得の再分配社会保障問題につながっていくと思うのですが、同書が発刊された2008年にはリーマンショックにより世界的に経済が低迷し、日本でも貧困問題や生活保護問題などセーフティーネットがクローズアップされて、ようやくこれらの問題が社会問題化してきたように見えますが、最近では生活保護の不正受給や増大する受給率から生活保護費を削減するというような逆行する議論もでてきており、貧困という問題に真剣に取り組もうとする状況にはないように思われます。その根底には、自己責任論的な主張がまだまだ根強く残っていることの表れかもしれません。
最後に同書から以下を引用したいと思います。

逆に、貧困な子どもたちの発達の保障を考えるとき、家族の所得を増加させることがまず一義的に考えていかなければならない点でした。所得の増加は、家族のストレスを減らし、子どもの発達を促す遊具などの購入や、良い環境の住居で暮らす機会の増加を家族に与え、子どもの成長を促進することができます。
子どもたちの貧困の実態にまったく目を向けようとしないことで、結局、日本社会は大きな社会的損失を被り続けているのかもしれません。子どもたちは、貧困状況の連鎖のなかでもがき、その才能は生かされないままに、かえって発達上のさまざまな課題を背負ったまま次の世代へと、つまり親になっていきます。
そこで生じる社会的な損失とは、この本全体で見てきたように、子ども個人個人の問題と見えているものが、結局、社会全体の生産性の減少へとつながり、貧困な状況に置かれた個人や家族のやる気を奪い、精神的な疾患などのさまざまな障害にさえつながる可能性を持つものです。結局、問題を放置し続けることで、逆に医療費や社会保障費などの社会的コストの増加につながってしまいます。