通貨混迷の先は(2011年2月5日付朝日新聞朝刊)

朝日新聞に「通貨混迷の先は」と題し、竹森俊平氏行天豊雄氏のそれぞれのインタビューが掲載されていた。
特に、竹森氏のそれが現状の通貨変動について分かりやすく、的を得た内容だったので、記録としてブログにアップしてみた。

以下、その内容です。

 昨年来、通貨不安が深刻化しているわけではありません。緩和的な金融政策が通貨安を生んでいるのです。
 ドル安もドルの信用が喪失したのではなく、米国の量的緩和策が長期に続くと市場が予測し、金利の高い別の国の通貨に資金を移しているからです。もちろん、連邦準備制度理事会FRB)も金融緩和がドル安を生む恩恵は計算しているが、それで為替の変動が起きても、国内景気を立て直すためには仕方ないと考えているのです。
 変動相場制では、それぞれの国の物価や景気、マクロ政策の違いがあっても、最後は為替相場の変動によって全体の整合性が保たれる。為替レートの変動はむしろ「必要」というわけです。しかし、特定の通貨が決済通貨に使われて大幅に変動すれば、商売の目算は立てにくい。その問題をなくそうと思えば、中国の人民元のように自国通貨をドルに固定する手段もありえます。国際資本取引の影響を受けないよう外貨流入を規制したり、中国に投資された資金が逃げないよう資本移動を規制したりしている。
 いま強い通貨は、世界経済危機にもかかわらず国内経済がよかった国の通貨で、そういう国はインフレを恐れて金利を上げているから、資本が流入して通貨高になっている。では、そういう通貨が基軸通貨になれるかというと、それはまったく別の問題。人民元にいかに人気があっても、結局、中国政府はストーカーのようにドルにくっつけている。ドル中心の通貨体制がほころびているとは言えません。
 ただ、ユーロ安の背景にある問題はかなり根深い。昨年来、ギリシャアイルランドの財政危機が起きている根っこには、このままではユーロが足かせになって政府債務の返済が不可能になるという懸念があります。ユーロ導入以前なら、ギリシャで財政危機が起きても、資本逃避で自国通貨が安くなり、ドイツから観光客がどっと来て税収が増え、債務を返せた。
 それがいまではできない。スペインも同じ。政府債務の削減が必要だが、それをすると国債が暴落し、国債を大量に保有する欧州の金融機関の経営がおかしくなる。金融危機が発生するかもしれない。市場はそれを知っているから、ユーロを買ってユーロ圏に投資するのを嫌い、ユーロ安になるわけです。欧州金融安定化基金からの融資で時間稼ぎをしたいが、借金を返済できない借り手にいくら追い貸しをしても問題は解決しないと市場が正しく判断しているので、ユーロ不安が消えない。共通通貨は問題続出で、すぐに消滅するとは言わないが、ユーロの先行きは危ぶまれます。
 最も大切なのは、為替の変動を抑えることではなく、金融危機を起こさないことです。アジアでも2008年に韓国が危機的状況になった。再発を防ぐには、金融危機に対応する地域の枠組み整備が重要です。アジアの各国が2国間で資金を融通し合ってきた「チェンマイ・イニシアチブ」を一本化し、多国間での支援の枠組みにしたのは、韓国危機のときに仕組みが機能しなかったからです。
 金融危機が起きるのは、金融のグローバル化や、ファンドのような伝統的な銀行とは違うプレーヤーの台頭などの構造変化がある。国際資本の動きが速くなった。それに引っかき回されるのが嫌なら金融機関の借り入れや短期資金の規制強化をすることです。それで通貨が急に強くなったり、弱くなったりするのも防げる。短期資本の流入規制は最近、国際通貨基金IMF)も応急手段として認めた。通貨切り上げを回避したい国は、短期資本の流入に歯止めをかける。直接投資など長期の投資で逆流の危機が小さいものだけなら、バブルが生じるリスクも、資本逃避の危機も抑えられます。
 金融政策の役割も、日米の量的緩和策によって、これまで議論されてきた論点に答えが出たと思います。金利ゼロの状況では、いかに追加緩和をしても為替相場に影響は出ないといわれたが、実際はドル安になった。日本も円の急騰が止まった。日本のようにデフレで賃金が抑制され、国内消費が盛り上がらないときに円高になれば、本来は国際競争力が改善する効果が消えてしまう。バーナンキFRB議長の考えも、円高が嫌なら一緒に通貨量を膨張させたらいい、ということでしょう。日銀は今後も米国のペースに合わせて金融緩和を進めればよい。それで極端な円高は回避できるはずです。
 為替を望ましい水準に導くのは、プラザ合意後の円急騰が止められなかったことを考えても、なかなか難しい。米国は中国に人民元の変動幅拡大をのませようとしたが、応じないので経常収支の黒字や赤字を一定に抑える目標を出して、逆にドイツの猛反発を受けた。ドイツも巨額の黒字を抱えるが、為替介入で支えているわけではないから減らす必要がないという考えです。中国の人為的な為替管理の問題を経常収支の問題にすり替えようという米国の作戦はいただけません。
 逆説的ですが、通貨が安定したときは、逆に金融危機の危険が大きくなることもあります。約10年前のアルゼンチン金融危機は、ペソがドルと固定されていて為替リスクがないし、金利は高いので投機資金が入り込んだ。今回のスペインも同じユーロ圏のドイツから資金が入ってバブルになった。為替リスクがないから、投資家が無謀な海外投資に走るのです。その結果、最終的には銀行危機と政府の財政危機が同時に引き起こされる。その意味では通貨の変動は、経済活動の自律調整の役割を担っているといえます。