フォールト・ラインズ ラグラム・ラジャン著

インド生まれで、元IMFのチーフエコノミストの著者ラジャン氏の話題になっている翻訳本を読んでみた。
ラジャン氏の名前を知ったのは、竹森俊平著「資本主義は嫌いですか」で、2005年のジャクソンホールでの当時のFRB議長アラン・グリーンスパンが最後の参加となる中央銀行幹部が集うシンポジウムでラジャン氏のグリーンスパンを批判したとも取れる講演内容を取り上げていたことからである。この2005年の講演内容が指摘した金融危機が2年後に訪れることになり、ラジャン氏の名をさらに知らしめることに。そして、今回の「フォールト・ラインズ」がその金融危機を予言し、その危機の究明とその対策を提言したものになっている。
タイトルにあるフォールト・ラインズ(FAULT LINES:断層線)は、今回の金融危機の真因のかなりの部分が隠れていたこと意味しており、世界経済には無数の断層線が存在し経済のグローバル化に伴いその断層線も広がっていった。そして重大な断層線の中には経済だけでなく政治に責任があるものもある。しかし、その断層線は危機によって私たちの目の前にあらわになるまで、どこに潜んでいるか分からない。だから、その断層線がどこにあり、その断層線が歪んで起こる危機を未然に防ぐにはどうしたらよいかを提言した内容になっている。
第1章ではアメリカの所得格差の問題に触れており、その格差の根本は“人間資本”を形成する教育へのアクセスに格差があったと指摘。その所得格差の拡大が政治への圧力となり、政治が行き着いた解決策が低所得者層が住宅を購入できる政策であり、政府機関であるファニーメイフレディマック低所得者層への融資拡大を政治が後押し、このことが民間の金融機関に事実上の政府保証があるとみなされサブプライムローン証券化ビジネスの拡大に拍車をかけ、金融危機断層線を作り出していった。
第5章(個人的にはこの章が一番面白かった)では、このアメリカ議会に歩調を合わすように金融政策をとっていったFRBについて記述されており、“グリーンスパン・プット”と呼ばれるアラン・グリーンスパンの名言である「バブルは終わってみないと分からない」から、「バブルが崩壊した後の骨を拾う準備をしよう」という、暗黙のうちにFRBが危機の際には保証すると市場が受け取ってしまったと。
しかし、FRBには中央銀行としての「物価の安定」と「雇用の安定」の2つの目的を遂行する使命がある。この使命が2000年のドットコムバブル以降の雇用なき回復が続き、失業率の高止まりが雇用拡大を望む国民からの政治の圧力となり、同時にFRBへの圧力となり、低金利を維持する政策を継続することになったのであり、著者としてはFRBの対応を単に批判しているのではなく、やむ得なかったとある意味同情しているともとれる。そのことが感じ取れる記述として、同じく第5章にグリーンスパン・プットが早くもバーナンキ・プットになりつつあるとし、FRBが一向に改善しない高い失業率にこだわりつづけ、企業投資を奨励して雇用を増やそうとするために、低金利政策を続けていると。この政策に厳しい批判が集まっているが、著者は「FRBが失業率に執着したのは自らの責務を果たそうとしたからであり、さらに重要なのは、金利をもっと早く上げていたら、政治的大混乱が起こったかもしれないこと。」を認識しておく必要があると指摘している。また、「経済理論上、インフレ率が安定しているときは、中央銀行はなにも心配をすることがないと考えられている。」とし、中央銀行はインフレに重点を置き、リスクの増大は銀行の規制当局(実際には機能していなかったのだが。。。)に任せておいたことが金融政策の欠点の一つとも指摘。
現在のQE2以降のFRBのおかれている立場をも如実に表しているのではないでしょうか。如いては日本の中央銀行の使命とは?をも考えさせられるのではと思う次第です。
第7章では民間の金融セクターが「テールリスク」をとり続けた理由を解明しようとしている。ここでは暗黙の政府保証のもとバンカーが企業の利益、自己の報酬を求めて暴走したとするいわゆる拝金主義に原因を求めていくことは安易だとし冷静な分析をしている。
そして、第8章金融改革、第9章アクセスの格差是正(第1章で指摘した教育問題やセイフティネット等の対策としての機会の平等を提言している。)とアメリカ国内での今後の危機対策を述べている。
第10章では、第2章、第3章で指摘した世界経済の貿易不均衡、いわゆるグローバルインバランス(著者は日本の輸出主導の経済政策(著者曰く、縁故資本主義)から内需主導への転換が必要だと指摘)の問題を国家間の断層線とし、その断層線を埋めるためにも「地球規模のガバナンスに向けた改革」として考えていく必要があるとしている。この点は、元IMFチーフエコノミストの経験からIMFの無力さやG20では各国が協調することにかなり懐疑的になっているのかもしれない。
以上が、私の読書感想文ですが、ネットの書評を見ていると同書の内容より出版社への批判がなにやら物議を醸し出しているようですが、個人的には著者の主張、思想が分かりやすい良書ではないかと。それと、著者のラジャンという人物を知ることになった竹森氏の「資本主義は嫌いですか」を再読せねばと思った次第です。